怪文書2020
公開
2020年代に書いた支離滅裂な怪文書をまとめました。メイン創作「リアルファンタジー」と繋がってたり繋がってなかったりします。
目次
- 月と太陽
- 竜と女
- 蛇と女
- 魔女と子猫
- 井戸と蛙
- 赤い星
- となり
- 小さな島
- 黒猫と記憶
- 沼底の黄燐
- 白猫と記憶
- 火の神子
- 子猫と記憶
- 天狼星
- ラミナ
- 天狼星2
- 一周もしなかった世界から夢を見る
- 語ろうか
月と太陽
金色の子猫は孤独だった。 赤い狼と別れて 空白の世界に置き去られていた。 子猫は暗闇の中で生まれた。 今よりずっと暗くて明るい闇の中で。 何もないのはきらいだ。 子猫は一人ごちた。 忘れ形見の赤い布にくるまれ、 金色の子猫はうずくまっていた。 遠い未来でまた会える。 そんな漠然とした予感を抱えて。 * 白い兎は翔けていた。 月と星の宴の間を、 いつまでもどこまでも翔けていた。 何度も月になって、 何度も星になって、 何度も兎になって、 何度も狼の夢を見る。 宇宙くらげが飛んでいる。 ペンギンのように流星の間を翔けていく。 金冠の天使が誘っている。 もう行かなくちゃ。 白い兎は翔けていた。 * 銀色の月。それだけが明かりだった。 金色の月。それだけが希望になった。 銀色の種と金色の葉を持つ シルバの道がしるべだった。 銀と金が混ざり合って 琥珀色の月はやがて 天使の金冠に輝いた。 月は太陽にかわり 常夜の楽園に陽が射した。 空白の世界で魔女はごちる。 何も変わらないのはきらいだ。 ほほえみながら一人ごちた。
竜と女
黒い竜がいた。 竜は蝋燭の町の中で じっと彼女を待っていた。 若い女がいた。 女は蝋燭の町の中で じっと友人を待っていた。 女が気配を感じて振り向くと 背後には誰もいなかった。 ただ視線を感じるだけ。 前を向けば暗黒の竜が 立ちふさがっていた。 女は逃げた。走った。 見えない壁が彼女を阻む。 女は逃げた。走った。 見えない竜が彼女を蝕む。 女はぽかりと空いた穴に落ちた。 そこは竜の胃の中。アリスの中。 暗闇の先に光るものが見える。 輝く鏡を持った黒い髪の女だ。 女は彼女を導いた。 導きの先に何があるのだろう。 黒い竜の胃の中で 二人の女は歩きだした。
蛇と女
黒い蛇がいた。 蛇は竜の胃の中で じっと蛙を待っていた。 二人の女は蛇を避けた。 蛇はそっとつぶやいた。 気を付けて。 坂を上ると竜の口の中に出た。 竜は二人を呑み込もうともがいた。 蛇が坂を上ってきた。 そして竜の舌を噛むと 二人は口の外へ吐き出された。 まるで一寸法師ね。 赤い髪の女が笑った。 黒い髪の女も笑った。 あとには二人の影と蝋燭の灯り、 陽の光が揺れていた。
魔女と子猫
赤い狼は待っていた。 空白の世界に置き去られたときから。 目を閉ざして待っていた。 紅の瞳が開かれるときを。 * 楽園に陽が射した。 魔女に変化のときが訪れた。 それはペリドットだった。 それはトパーズだった。 それはパールだった。 それはリトスだった。 何者でもない宝石だった。 何でもないから何にでもなれる。 アリスの夢の終わり。 エレクトラの目で世界を見ていた。 空白の世界に取り残されて。 そこに楽園を生み出した。 大樹にもたれて待っていた。 迷子の子猫が戻って来るのを。 楽園を照らす太陽を。 * 黄色い子猫は待っていた。 白黒の世界が色付くときを。 黄色い子猫は知っていた。 やわらかなその薄紅色を。 黄色い子猫は覚えていた。 二人で一つの記憶の詩を。 黄色い子猫は聞いていた。 黄色い子猫は歌っていた。
井戸と蛙
彼女は井戸の底で蛙の卵を拾った。 育った蛙は彼女も井戸も呑み込んだ。 あとには赤い星が残った。 赤い星から彼が生まれた。 彼は塵のように黒い海を彷徨った。 巡る道の先に彼女を見つけた。 彼女は黒い海の底で彼を拾った。 育った彼は彼女も黒い海も呑み込んだ。 あとには赤い星が残っていた。
赤い星
早く、早く。 赤い星は急いていた。 早く、早く。 赤い星は翔けていた。 早く、早く。 やがて白く抜けていく。 早く、早く。 あの一番星まで届くまで。
となり
となりの蛇が笑った 七色に笑った となりの蜘蛛が笑った 無色に笑った となりの蜂が笑った 永遠に笑った となりの蜻蛉が笑った 陽炎に笑った
小さな島
ねえ見て 赤い川の歴史だよ ねえ見て 赤い山の歴史だよ ほら見て 丸い泉の歴史だよ ほら見て 丸い島の歴史だよ 巡る蛇から始まった 蜘蛛の狼煙 蜻蛉の空蝉 ねえ見て 小さな川の歴史だよ ねえ見て 小さな山の歴史だよ ほら見て 小さな泉の歴史だよ ほら見て 小さな島の歴史だよ
黒猫と記憶
黒猫は知っていた 黄色い猫が彼女であることを 黒猫は覚えていた 黄色い炎が彼女だったことを 黒猫は知っていた 金色の猫が彼女だったことを 黒猫は覚えていた 金色の滝が彼女だったことを 黒猫は眠っていた 思い出の片隅で
沼底の黄燐
何度目の沼底だろうか 彼女は何度もこうして捨てられていた 森の奥の泉へ やがてそれは沼へ いつしか鬼火の灯る底無し沼へ 何度目の浮上だろうか 彼女は何度もこうして降り注いでいた 上なのか下なのか 底なのか天なのか 煮え立つ火球の中を揺さぶられるように 彼女は揺蕩っていた また掬い上げられる そしてまた静かに沈んでいる また幕が開ける 今度の衣装は何色か 色のない炎はまた踊る 黄と赤の代わる代わるのステージで
白猫と記憶
白猫は知っていた 彼女が変わりつつあることを 白猫は覚えていた 彼女の小さな夢物語を 白猫は眠っている 思い出の裏側で
火の神子
それは何人目の神子だろう 緋色の衣 黄金の髪 羽衣を携えた若い乙女 それは何人目の神子だろう 黄金の化身 建国の王 理想郷の主 気高き乙女 それは何人目の神子だろう 黄金の滝 真珠狩りの刃 獅子と橄欖の暗殺者 それは何人目の神子だろう 沼底の黄燐 太陽の宝玉 枯れ井戸の番人 古城の客人 それは何人目の神子だろう 葉月の面影 始まりの終わり
子猫と記憶
子猫は知っていた ありふれた結末を 子猫は覚えていた ありふれた結末を 子猫は眠っていた 思い出の舞台で
天狼星
あるところに鳥と魚、狼と猫がいた。 鳥は魚を背負って飛んだ。 だから魚は飛べるようになった。 鳥は猫も背負って跳んだ。 だから猫は跳べるようになった。 鳥は狼を背負えなかった。 だから狼は火を焚いた。 高く、高く、昇れ、昇れと火を焚いた。 だから狼は飛べるようになった。 そして夜空に煌めく星になったとさ。
ラミナ
はじめに、無はなく、有はあった。 このとき、一は全であり、全は一であった。 これらは、この世界の理である。 世界には創造と破壊があった。 これらは世界に秩序をもたらした。 世界には時空と天地があった。 これらは世界に生命をもたらした。 世界には我々と神々があった。 これらは共に生き共に滅ぶだろう。 我々は形ある存在である。神々は形なき存在である。 我々は刹那の存在である。神々は永遠の存在である。 我々は友愛の存在である。神々は原愛の存在である。 火の海に火の島が生まれ、火の島から火の木が生まれた。 火の木の根本に火の葉が積もり、やがて火の国となった。 こうして燃える世界樹をいただく楽園ラミナが生まれた。
天狼星2
あるところに猫と鳥と魚、そして狼と人がいた。 鳥は猫から逃れて飛んだ。 だから鳥は飛べるようになった。 魚は鳥から逃れて翔んだ。 だから魚は翔べるようになった。 猫は鳥と魚を追って跳んだ。 だから猫は跳べるようになった。 とべない狼は人の傍らにあった。 狼が冷たくなったとき、人は火を焚いた。 高く昇り輝けと火を焚いた。 だから狼は輝ける星、天狼星になったのだとさ。
一周もしなかった世界から夢を見る
はじめに猫がいた。 猫は幸せな結末を迎えるはずだった。 しかし世界は突如として破滅を迎え、 猫が幸せな結末を迎えることはなかった。 猫は新世界を夢見た。 新世界は猫に幸せな結末を与えたが、 歴史の先に犠牲を生み出した。 猫は再び新世界を夢見た。 皆が幸せになれる、幸せな結末を求めて。 一周もしなかった世界の中で、猫は夢を見続けている。
語ろうか
どこから語り どこまで語ろうか 世界の始まりから終わりまで語ろうか 物語の始まりから終わりまで語ろうか 世界など永遠に語り終えず 物語など刹那に語り終える ならば 物語の世界の 始まりから終わりまで語ろうか 願わくは 物語の終わりが世界の終わりとならんことを 夢の終わりが現の終わりとならんことを 私の終わりが君の終わりとならんことを 望みを込めて 語ろうか