カエルノココロ イラスト テキスト サウンド

ラミニア神話

  • 2021年10月3日公開
  • 2023年8月4日更新
Image by publicdomainq.net

目次

概要

『リアルファンタジー』の続編。二周目に突入した異世界に伝わる、二冊の書物をテーマにした同人誌作品の全文です。

全体的にセンシティブ。架空の神話として近親婚などの要素を含んでいます。また、架空の歴史として差別、戦争、殺傷などの要素を含んでいます。

序文

無はなく、有はある。

無は辿りつけない夢であり、有は逃れられない現である。

生死の果てに何を見るのか。汝、夢現に飽くことなかれ。

──『ラミナ記』終章より

まえがき

『ラミナ記』と『ラミニア記』は、現代ラミニアで広く知られている古典である。『ラミナ記』は古代ラミナで哲学と王権に重きを置いて記された史書であり、『ラミニア記』は近代ラミニアで神話と歴史に重きを置いて記された史書である。

本書は四部構成で記々について学ぶ。先の二部に『ラミナ記』の翻訳と解説を記し、後の二部に『ラミニア記』の翻訳と解説を記した。記々を知らない人にこそ読んでほしい入門書であり、理解と興味を深める一助となれば幸いである。

第一部 ラミナ記

序章──はじめに

女王アリスが母なるラミナと子らに捧ぐ。天地開闢より幾星霜、獣蹄鳥跡極まれり。古今の叡智を伝えるため、この書を記す。

願わくば、迷える子らの導べとならんことを。願わくば、病める子らの慰めとならんことを。願わくば、争える子らの宥めとならんことを。

この島が絶えるとき、この国も絶えるであろう。この国が絶えるとき、この書も絶えるであろう。この書が、子々孫々に受け継がれんことを祈る。

第一章──創世記(上)

はじめに、無はなく、有はあった。無は一切を生じぬ場であり、有は一切を生じる場である。有は時空となり、時空は揺らぎ、揺らぎは元素を生じた。

元素は火の相、風の相、水の相、地の相を生じた。火の果てに天の相があり、地の果てに冥の相がある。天の相は軽く量りきれず、冥の相は重く量りきれぬ。

火の相は湧き、風の相は流れ、水の相は溜まり、地の相は沈んだ。これらを総じて海の相と呼ぶ。海の相は渦巻き星々を生じた。

第二章──創世記(下)

星々の中に祖なる星があった。祖なる星は生死の果てに天地と七曜と塵星を生じた。天地は空と海と陸を生じ、海は揺蕩し生命を生じた。

生命の泡沫と液滴は心身を生じ、今日見られる人々を生じた。人々の感性と理性は信仰を生じ、今日聞かれる神々を生じた。神々の相違と相似は神統を生じ、今日語られる神話を生じた。

私は神話を知るがままに記す。汝賢明ならば、神話の真偽を争うことなかれ。汝賢明ならば、神々と人々を侮ることなかれ。

第三章──神統記(上)

はじめに、太極神は太陽神と太陰神を生じた。太陽神と太陰神は太極の中を巡廻し、神々を生じて日神と月神となった。日神と月神は天地の外を巡廻し、昼夜と季節、朔望と潮汐を繰り返した。

神々の中に星々の神々と三界の神々があった。天神は未来なる天界、海神は現在なる海界、冥神は過去なる冥界に座した。海神から陸と島の神々が生まれ、島神の中に我らが地母神ラミナがあった。

地母神からは百の神々が生まれ、地母神の上にある百の物事に宿った。末の神として守護神アイが生まれ、王族の祖となった。守護神はあまねく狭間に座して、我々を見守っている。

第四章──神統記(中)

守護神アイと星の子ネイラの間に、アレンとネラが生まれた。アレンとネラの間に、アルとエンを含む十二名が生まれた。アルとエンの間に、エルとアンを含む六名が生まれた。

エルとアンの間に、エランとナレを含む四名が生まれた。エランとナレの間に、レアンを含む八名が生まれた。レアンと日の子オノの間に、レオンとノエルを含む十二名が生まれた。

レオンとノエルの間に、父レオノエルを含む三名が生まれた。レオノエルと母エシラの間に、私アリス=レオノエルが生まれた。アリスと夫グレンの間に、新たなる王が生まれるであろう。

第五章──神統記(下)

アレンとネラの間に、日の子エンとネー、月の子アルとラー、火の子エンラとラエン、風の子アルネとネアル、水の子アルラとラアル、地の子エンネとネエンが生まれた。

日の子から日の一族、月の子から月の一族、火の子から火の一族、風の子から風の一族、水の子から水の一族、地の子から地の一族が生まれた。

氏族や部族は異なれど、我々は一つの民族である。文化や信仰は異なれど、我々は一つの家族である。互いに敬い、共存共栄すべし。

第六章──古今記(上)

地母神ラミナの頭頂に、翡翠神マイアが二粒の銀の種を落とした。銀の種からは絡み合う雌雄の世界樹がそびえ、金の葉を茂らせた。世界樹を中央に祀って黄金郷が築かれ、人々は仕合せに暮らした。

黄金郷で金神子と銀神子が結ばれ、赤い宝玉を生んだ。二人は赤い宝玉を黄泉へ沈めて、千尋の谷底へ下った。千尋の谷底には百花が咲き、二人は仕合せに暮らした。

あるとき、竜が黄泉に落ちて赤い宝玉を持ち帰った。赤い宝玉は燃え、黄金郷に光と熱と火をもたらした。光は闇を退け、熱は寒さを和らげ、火は鋼を鍛えた。

第七章──古今記(下)

赤い宝玉は戦火をもたらして世界樹と黄金郷を焼いた。火神子の築いた新たな黄金郷は主の逝去と共に廃れた。神代の面影はなく、人代は暗黒時代へ向かいつつある。

王権争奪の武闘会は部族の対立を深めて断絶を生じた。この争奪を廃し、然るべき教育を施せる世襲とすべし。王家の存続は秩序をもたらし飢渇を遠ざけるであろう。

王家は王道を極めて楽土を築くため尽力すると誓おう。王道楽土を築くには、民の総意と助力が不可欠である。民は眠り起き、祈り食し、学び励み、生み育てたまえ。

終章──おわりに

生あれば、苦楽あり。楽なくして苦は味わえず、苦なくして楽は味わえず。それは古酒の如く、生という舌に刻まれるであろう。

死あれば、栄枯あり。生なくして死は彩られず、死なくして生は彩られず。それは花月の如く、死という目に刻まれるであろう。

無はなく、有はある。無は辿りつけない夢であり、有は逃れられない現である。生死の果てに何を見るのか。汝、夢現に飽くことなかれ。

第二部 ラミナ記 解説

序章──子孫繁栄を願って

『ラミナ記』は、古代ラミナの初代女王アリス=レオノエルが記したとされる、ラミニア最古の史書であり、ラミナ教における聖典である。史書というよりも哲学書や詩集に近く、アリスの描く世界観が内容のほとんどを占める。

後世に史料をまとめて記された『ラミニア記』によれば、アリスは才色兼備で文武両道という、理想を絵に描いたような君主であった。大陸文化を積極的に取り入れ、独自の神話を展開して民衆の共存共栄を図り、史書を記して先史時代に幕を引いた文化人である。それと同時に、武闘会で優勝を果たして王位に就いた、優れた武人でもあった。

そんなアリスには年下の夫があった。王統の章にも記されているグレンである。史料によると、アリスは日族であり、グレンは月族であった。日族と月族は婚姻を繰り返す血縁関係にあり、婚姻は主に月族の男性が日族へ婿入りする形で行なわれていた。これはラミナの日神が女神であり、弟の月神を夫とした神話に通じている。アリスとグレンも例にもれず、月族から日族への婿入りであった。

アリスとグレンの間にはアリとレンが生まれ、アリは王、レンは宰相となって国を治めた。この次の代から王子の命名法則は自由となり、様々な名前の王が誕生することとなる。しかしながら、祖先であるアリスやアレンにあやかったものか、長子の名前はAl-から始まるものが多い。

王家は千年に渡り繁栄し、王女マリナの影武者マルが即位するまで、途切れることなく続いていた。そして『ラミナ記』は、ラミニアの重要な古典のひとつとして、子々孫々に受け継がれている。

『ラミナ記』序文には、「この島が絶えるとき、この国も絶えるであろう。この国が絶えるとき、この書も絶えるであろう。この書が、子々孫々に受け継がれんことを祈る」とある。

現在、ラミナ島は温暖化により水没しつつある。島がなくなればラミニアは地図から消え、人々は大陸に散り散りとなり、やがて記々を忘れるであろう。何らかの災厄により島がなくなれば国もなくなる。アリスは未来を見通して、ラミナの存続を願っていた。

第一章──シルクロードを通じて

アリスは有無を世界の根源とした。世界は有るのか無いのか。それは無意味な問いでもあり、究極の問いでもある。それを「無はなく、有はあった」の一言で済ませ、創世記は時空や元素の段となる。

アリスは時間と空間をまとめて時空とし、時空は揺らいで元素を生じるとした。これは古代シンの陰陽の思想に倣ったものであるというのが通説である。時空が陰陽で、それが渦巻くことで元素を生じるという考え方である。

各相については、火がプラズマ、風が気体、水が液体、地が固体を指すというのが通説である。厳密には火はプラズマではないのだが、それについては割愛する。続いて、天が素粒子、冥がブラックホールに相当するというのが現代の有力な説である。アリスは火よりも軽い状態と、地よりも重い状態を想定していたのである。

火・風・水・地の分類は、古代グレシアの四大元素の思想を基盤としている。天・海・冥の分類は、同じく古代グレシアの神話にある三つの世界の思想を基盤としている。グレシアは遥か西方の国であるが、シルクロードを経由して間接的な文化交流があったものと見られる。

第二章──海からの誕生

アリスは火から地までの四つの相をまとめて「海の相」とし、それが渦巻くことで星々が生じたとした。これは重力に従い、塵やガスが渦巻き集まることで誕生することを指している。当時、望遠鏡はなく、天体の渦構造は観測できなかったはずである。アリスはなぜ渦巻く天体の誕生を記述できたのであろうか。

また、我々の暮らす太陽系は、太陽以前に存在した恒星の爆発と再構成によって誕生したとされている。まさしく「祖なる星」の記述の通りである。

これらの記述は、生命は海から誕生したとする古来からの生命観に、陰陽が渦巻いて万物を生じるとする自然観が加わったものであると考えられている。しかしそれだけでは「祖なる星」の記述を説明することはできない。この記述にも何かしらの根拠ないしは思想があったのであろうが、それを知る手がかりは今のところ発見されていない。

近年、生命の始まりは海に揺蕩う液滴であったとする説が浮上している。詳しくは割愛するが、アリスは生命の起源を理解していて「液滴」と記したのであろうか。化学との偶然の一致を見せ、予言書とも呼ばれる『ラミナ記』において、現在注目されている一節である。

第三章──アリスの理想と現実

アリスは『ラミナ記』で宗教的革命を試みている。神々から人々が生じたのではなく、人々から神々が生じたとしたのである。この思想は有神論と無神論の間に、後にアリス派と呼ばれる一派を生み出した。

神統記を記す前に、アリスは「神話の真偽を争うことなかれ」と記し、読者の知っている神話と相違があっても争うなと釘を差している。当時はそれぞれの部族がそれぞれの創造神を信じ、異なる神話的世界観を持っていたからである。その神話の数々は現在にも伝わっている。それらの神話を一つの世界観に統合するために太極神という大いなる神が設定され、主神ラミナを含めた全ての神々がその配下に置かれた。

太極神は唯一絶対の神ではなく、あまねく存在を内包する世界そのものである。それは民族や神話が乱立する混沌とした世界であり、矛盾を含めて漠然と存在している。大いなる神のもとに各創造神は各世界を創造し、それらが交ざりあうことで一つの大きな世界を構成する。現在のラミナ島にある神話的世界観は『ラミナ記』の登場によって確立されたと言っても過言ではない。

続いてアリスは「神々と人々を侮ることなかれ」と記し、神話を軽んじて神々や人々の怒りを煽るなとも忠告している。有神論者と無神論者の論争は、当時からすでに始まっていたのであろう。民の共存のためには信仰の共存が不可欠である。神話を重んじすぎて過敏になってもならず、軽んじすぎて鈍感になってもならず。アリスはその中庸を民に求めていた。現在のラミナ島には一神教の世界観が浸透しつつある。我々はアリスの理想を貫けるであろうか。

第四章──近親婚を繰り返した一族の謎

続く第四章は王統記である。これは言葉遊びのような略記である。守護神アイから始まり、綴りを組み替えて得られる名を兄弟姉妹として扱い、自らに至るまでを記している。

一見デタラメのようにも思えるが、全てを嘘と断ずることはできない。歴代王の名を記した碑文の中に、この父子たちの名が刻まれているためである。

記述と碑文を信じるならば、アリスの一族は夫妻の名を組み替えて子の名を作り、想定の人数に達するまで実際に子を生んでいたことになる。また、何代にも渡って近親婚を繰り返していたことにもなる。

近親婚は疾患発症のリスクを高めることが古来から知られており、ほとんどの国や地域で禁忌とされている。それにも関わらず兄姉での結婚を繰り返した理由は何なのか。

いとこ婚などを対象とした調査の結果、血縁者同士の結婚では僅かながら魔力などの能力が高くなる傾向があることが判明している。理由は不明であるが、何らかの遺伝的要因によるものであると考えられている。

アリスの一族はこの法則を経験的に知っており、近親婚を繰り返していた可能性がある。それが武術と魔術に優れた女王アリスの誕生に繋がったのかもしれない。

第五章──島民は家族

ラミニアは多民族国家である。古来よりさまざまな人種が混在し、かつては明確な部族に分かれて勢力を競いながら暮らしていた。

アリスは部族間の勢力争いを止めて島を平定するために神統記を記した。全島民を守護神アイの子とし、自らを長子の家系に位置づけることで君主の地位に立とうとしたのである。その試みの現れである『ラミナ記』第五章には、興味深い一節がある。前章では日族であるアリスの祖とされていたアルが、月族の祖として位置づけられているのである。

アルは男性名、エンは中性名、ネーとラーは女性名である。エンはアルとの間に子をもうけていることから女性であると分かる。ここから推定すると、アルは日族と月族、双方の祖として、妹たちと重婚したことになる。具体的には、日族の祖としてエンと結ばれ、月族の祖としてラーと結ばれたのである。残るネーとの関係は不明であるが、三人目の妻とした可能性は否めない。

別の説として、エンは中性名である通り、両性具有であったとする説もある。この場合、エンは女性としてアルと結ばれ、男性としてネーと結ばれたことになる。

日族と月族の祖を同一とした背景には、どのような思惑があったのか。やはり太陽と太陰(日と月)を特別視し、その力にあやかろうとしたものか。それとも史実に基づく血縁の深さを表したものか。あるいは、その両方か。

どちらにせよ、アリスの理想は全島民を家族として受け入れることにあった。そこには多民族国家としての争いの歴史があり、苦労があったのであろう。

第六章──知られざるマイアの正体

世界樹のモデルは、おそらくイチョウの木であろう。世界樹は黄金色の葉と白銀色の種を持つ木であり、イチョウは黄色の葉と白色の種を持つ木である。境内など神聖な場所に植えられることから、この木が世界樹、すなわち御神木であったと見て良い。

翡翠神マイアは、カワセミ(翡翠)とヒスイ(翡翠)と五月の神である。夫妻二神であるとも姉妹二神であるともいわれる。『ラミナ記』では二粒の種を落としていることから、一神一種として二神が記されているものとも考えられる。

マイアは大陸で信仰された、二柱の同名の神であった。一神は昴の女神であり、もう一神は五月の月名となった春の女神である。これがラミナに持ち込まれて姉妹神となり、五月を象徴するヒスイからカワセミと関連付けられた。そして翡翠の字義のひとつである雌雄のカワセミから夫妻神として扱われるようになった。

逆の説もある。まずカワセミの神があり、翡翠の字が伝わって夫妻神となった。そしてヒスイに関連付けられ、最後にマイアの名が伝わって五月の神になったとする説である。こちらのほうが時代の流れから見ても自然に思えるが、このカワセミの神の名は現代には伝わっていない。

大昔にはカワセミでもなく、広く鳥一般を指す神であったとする説もある。これは近年発見された絵図に起因する。アリスが翡翠神と記す以前に描かれたマイアと思しき神は、白い羽を持つ一女神であったのだ。

果たして、世界樹の種を運んだマイアとは本来どのような神であったのか。その正体は未だ謎に包まれている。

第七章──女王の誓い

神代は終わり、人代は争いと飢渇の時代を迎えていた。

古代ラミナ人は四年に一度の武闘会を開き、その優勝者を王とすることで島に秩序をもたらしていた。だが、王を輩出する部族には偏りがあった。これに反発した部族との間に溝が生まれ、交易に支障をきたし、飢渇となって表出していた。

アリスはこの問題を解消すべく、武闘会による王位争奪の廃止を訴えた。当然反発はあったであろうが、アリスの即位から十六年後に状況は変わる。好敵手マルガの優勝に反発した民衆が、マルガを殺害するという事件が起きたのである。アリスは王位争奪の廃止を決断し、二度と武闘会の犠牲者が出ないよう、後世まで続く王朝を築いた。

アリスは女王として「王家は王道を極めて楽土を築くため尽力する」と誓った。楽土を築くには民の助力が不可欠であった。助力とはささやかなもので、「祈り食し、眠り起き、学び励み、生み育て」ることである。この平和な日常の繰り返しこそが、アリスと民が望んでいた島の在り方であった。

アリスの下にラミナ島は平定され、平和な時代が訪れた。

終章──アリスは夢現に何を見た

アリスの実態を巡ってはさまざまな憶測がある。中には未来人であったのではないか、全知全能であったのではないかなど、オカルト的な言説も後を絶たない。

アリスは若くして生死の果てを見てきたかのような文を残している。何がアリスをそのような境地に至らせたのか。

好敵手であり幼馴染であったマルガの死は、『ラミナ記』が記された後の出来事とされている。よって友の死を見つめた結果であるという説は成り立たない。

アリスは「夢現」という言葉を『ラミナ記』の最後を締めくくる特別な言葉として扱った。アリスにしては少女らしい、夢に溢れたセンスであるように思える。しかしこの言葉が謎を解く鍵なのではなかろうか。

胡蝶の夢という言葉がある。自分が夢の中で蝶に変身していたのか、蝶が夢の中で自分に変身しているのか、現実を疑う言葉である。今ある自分は夢か現か、その両方か。

アリスは夢現に何を見たのか。蝶となって舞っていたのか、未来や生死の果てを見ていたのか。魔力の高いアリスにとって、予知夢は日常的なものであったのかもしれない。謎に思いを馳せながら、ここに第二部をとじる。

第三部 ラミニア記

序章──はじめに

皇女アレナが母なるラミナと民らに捧ぐ。女王アリスが先史に終わりを告げ幾星霜。古今の叡智を伝えるため、この書を記す。

汝賢明ならば、神話の真偽を争うことなかれ。汝賢明ならば、神々と人々を侮ることなかれ。──『ラミナ記』第三章より

第一章──ラミナ記

第一節

はじめに、無はなく、有はあった。有は万物を生じ、万物は神々を生じた。神々は系譜を得て、我々はその末に名を連ねた。

はじめに生まれた太極神から、太陽神と太陰神が生まれた。両神は星々と三界の神々を生んで日神と月神となり、互いを求めて天地の巡廻を繰り返している。

三界の神々、すなわち天界神と海界神と冥界神は、それぞれ未来なる天界、現在なる海界、過去なる冥界に座した。天界で清められた魂は海界へ降り、海界で汚れた魂は天界へ昇る。あらゆる出来事は事象の木片に刻まれ冥界へ降り注ぐ。三界神はこの営みを見守っている。

第二節

海界神から陸と島の神々が生まれ、島神の中に我らが地母神ラミナがあった。地母神からは百の神々が生まれ、地母神の上にある百の物事に宿った。末の神として守護神アイが生まれ、アイと星の子ネイラとの間に我々の祖先が生まれた。

アイは心眼の神である。万物を見通す目を持ち、天と地の狭間にて万人を見守り、我と他の狭間にて個人を見守っている。ネイラは島で最も正しく美しい女人であった。ネイラはアイに見初められ、アレンとネラを生んだ。

アレンとネラはアルとエンを含む十二名の子を生んだ。兄妹たちは結ばれて六族に分かれ、六族はさらに多くの部族に分かれた。アルとエンの子孫レオンは百獣の王となり、レオンの孫アリスは島で最初の女王となった。

第三節

地母神ラミナの頭頂に、翡翠神マイアが二粒の銀の種を落とした。銀の種からは絡み合う雌雄の世界樹がそびえ、金の葉を茂らせた。世界樹を中央に祀って黄金郷が築かれ、人々は仕合せに暮らした。

黄金郷で金神子と銀神子が結ばれ、赤い宝玉を生んだ。二人は赤い宝玉を黄泉へ沈めて、千尋の谷底へ下った。千尋の谷底には百花が咲き、二人は仕合せに暮らした。

あるとき、竜が黄泉に落ちて赤い宝玉を持ち帰った。赤い宝玉は燃え、黄金郷に光と熱と火をもたらした。光は闇を退け、熱は寒さを和らげ、火は鋼を鍛えた。後に赤い宝玉は戦火をもたらして世界樹と黄金郷を焼き、不幸を招いて地底湖の竜の元に封じられた。

第二章──クロエとユリア

第一節

その昔、東の森には数多の部族が暮らしていた。中でも火族は祭事を司り、周囲の部族の娘らはそこで花嫁修業をするのが習わしであった。

娘らの中に歩けぬ娘がいた。名をクロエという。長い黒髪を地に這わせ、這い進む彼女を火族は蛇と呼び蔑んだ。砂利と小枝に擦り切れた体を癒すため水場を訪れる彼女に、火族はその豊かな水を与えなかった。

クロエは傷を増やしながら森を這い進み、巨木の根本に沼を見つけた。意を決して沼に近づくと、景色は反転し、泥色に包まれた。

第二節

クロエが目覚めたとき、手には赤い宝玉を握っていた。そして傍らには見知らぬ黄金の髪の女がいた。名をユリアという。ユリアはクロエを集落に送り帰すと、そのままそこで暮らし始めた。宝玉は火神の社に祀られた。

その日から続く日照り。火族はユリアに白羽の矢を立てた。日照りを火神の怒りと解釈した彼らは、彼女を生贄にしようとしたのである。しかし彼女はクロエを巫女とすれば日照りは止むと預言した。果たしてその通りとなった。

第三節

クロエは聖火の煤に清められた黒巫女となり、日照りと預言をもたらしたユリアは火神の化身として畏怖された。二人は仲睦まじく暮らし、火族は火と森の恵みによってかつてなく栄えた。

第三章──火神子

第一節

火神子エンは火族の姫であり、火神に仕える巫女であった。東の森に暮らす火族は、収穫祭の度に大量の食物を燃やした。火神子が巫女となってから、収穫祭は年々盛大なものとなっていった。

日照りの年、収穫祭に反発した周囲の部族との間に戦が起きた。火族は周囲の部族から食物を徴収していたのである。戦は火族の優勢に進んだが、族長である火神子の兄とその妻が討ち取られ、戦は火族の敗北に終わった。

火神子は復讐のため、一族に伝わる赤い宝玉を持って森を駆けた。宝玉は火神子に、火を自在に操る力を授けた。やがて火神子の力を恐れた人々は彼女を捕らえようと蜂起し、火族すら彼女を追った。味方を失った火神子は、東の森のすべてを焼き払った。

第二節

隠れる場所も帰る場所も焼き払った火神子は捕えられ、日族に引き渡された。日族の若君との婚姻により戦火の罪は許されたが、高潔な火神子は決して若君に身も心も許さなかった。

火神子は森のあった東の荒野に離宮を建て、不仲を理由にそこへ暮らした。離宮の近くには火族の鉱脈があった。火神子は鉱夫や技師を雇い、離宮の周囲にささやかな町を作った。

離宮には宮女として美しい娘たちが集められ、鉱脈からもたらされる宝飾品が与えられた。鉱夫や技師たちと宮女たちは恋に落ち、その恋の壇上に憧れた娘たちが新たな宮女として迎えられた。

第三節

火神子の黄金の髪は富の象徴となり、離宮は富の女神に護られた楽園となる。火神子は一代の間に祖国を上回る黄金郷を築き上げていた。火神子の兄夫婦を討った一族の長は、火神子の権限により戦犯として処刑された。彼女は復讐を果たしたのである。

城下町は火神子が亡くなるまで栄えた。焼け落ち、開拓され、海から来る風に晒されたかつての森は不毛の砂漠と化した。火神子に子はなく、離宮を継ぐ者はいなかった。やがて鉱脈の資源は尽き、城下町は廃れていった。東の離宮は黄金郷の主、火神子の忘れ形見である。

第四章──黒猫姫と白狐姫

第一節

古代ラミナでは四年ごとに武闘会が催され、優勝者が王となり、優勝者を輩出した一族が王族として政を行った。歴代最多の王を輩出していた日族は、聖火を守り司祭として信仰の中心にあった火族と競争関係にあった。日族と火族は濃い血縁関係にもあり、両者の主導権争いは年々加熱していった。

日族は政を行い易い島の中央部に栄え、火族は豊かな森や鉱脈のある島の東部に栄えた。しかし悪名高き火神子によって森は焼け落ち、鉱脈の資源は尽き、火族の黄金期は終わりを迎えた。火神子亡き後、火族には彼女の兄の血筋である白狐姫マルガが残された。

日族には白狐姫と同じ年頃の黒猫姫アリスがおり、二人は一族の期待を背負って共に美と知と武、そして魔を競う関係にあった。二つの部族が取り分けて武闘会で優秀であったのは、強力な魔法の扱いに長けていたからに他ならない。その年の武闘会もまたどちらかの部族が優勝を競うことは確実であった。

第二節

武闘会は黒猫姫が制し、彼女が島で最初の女王となった。それまでに男王はいたが、女王はいなかったのである。大陸への使者の派遣、法や道の整備、聖典の編纂。彼女は施政者として優れた才覚を発揮し、数々の改革を行って古代に終わりをもたらした。

黒猫姫は武術の面でも無類の優秀さを誇っていたが、四度目の武闘会で白狐姫に敗れた。白狐姫は一族に伝わる赤い宝玉の力を用いて優勝をもぎ取ったのである。しかし民衆の反発によって試合は無効とされ、白狐姫の優勝は認められなかった。

激怒した白狐姫は黒猫姫の暗殺を謀り、その玉座を奪い取ろうとした。黒猫姫は一命を取り止めたが、優秀な女王に熱狂していた民衆は怒り狂い、白狐姫を捕らえて死罪とした。彼女を世に生み出した火族は罪人を示す烙印を刻まれ、先祖代々受け継いできた土地と宝玉を奪われ森を追放された。

第三節

土地も地位も失い、何もない南部の草原地帯に流れ着いた火族は暗黒の時代を迎えた。彼らに残されていたのは土木や冶金などの地道な技術であった。彼らの優れた技術を求める者は決して少なくなかったが、罪人の一族として他の部族からは排他的に扱われることとなった。

東部に留まることを望んだ火族の一部は、鉱夫として地底に暮らし、日族に仕えることとなった。金銀を量産した豊かな鉱脈が尽きたとはいっても、まだ細かな資源はあったのである。やがて光を失った彼らは牙も爪も失い非力な闇族となり、赤い宝玉は地底湖の竜に託され封じられた。

民衆は火族を弾圧したが、黒猫姫は亡き白狐姫と残された一族を許していた。法により火族の次世代には罪人の烙印は刻まれず、他の部族と同等に扱われるように取り計られた。火族はこの恩に報い、白狐姫の罪を償うため、その技術を惜しみなく王国のために使った。

黒猫姫の施策によって王族は世襲制となり、歴代王子には施政者としての教育が施された。火族は工業の担い手となって国の発展に寄与し、司祭の地位を委ねられた月族は皇族として王国を支える象徴となった。こうして月の皇族と日の王族との二頭政治によって秩序は保たれ、千年王国はその独立性を失うまで繁栄した。

第五章──金猫姫と金狐姫

第一節

古代よりおよそ千年。暁の獅子王アルバと白猫姫セーラの間に金猫姫マリナが生まれたが、金猫姫は幼くして行方知れずとなった。乳母妹の金狐姫マルが王女の影武者として育てられ、金狐姫は王族として相応しい娘に育った。

金狐姫が即位を間近に控えたある時、元老院は金猫姫を見つけた。何も知らない金猫姫は三人の友人らと共に王宮へ召喚され、四つの宝玉を集める試練が与えられた。

第二説

金猫姫ら四人は、南から西回りで島を一周し、四神の元を訪れた。南の朱雀は、自らとの戦いを課した。西の白虎は、鴉族と蛇族の争いの調停を課した。北の玄武は、月皇子の退屈の払拭を課した。東の青龍は、世界樹の苗の移植を課した。四つの課題をこなした四人は、四つの宝玉を得て王宮を目指した。

王宮への道中、盗賊の狐娘シュナに宝玉を奪われた。狐娘には病を患う妹リュナがおり、薬代のために稼ぎを必要としていた。四人は狐娘と共に市場で働いて薬を買い与え、宝玉を取り戻した。そして王宮へ手紙をしたため、医療費の一部を国が負担するよう進言した。

第三節

金猫姫たちが試練の旅に出ている間、王位を狙う金狐姫は陰謀を張り巡らせていた。世襲に反対する民や、地上への進出を目指す闇族を集め、反乱を起こそうとしたのである。

金猫姫たちが宝玉を集めて王宮へ戻ったとき、金狐姫は少ない兵を決起させた。王女であることを知らされた金猫姫は、争いを鎮めるため金狐姫に王位を譲り、友人らと共に長年過ごした古里へ帰還した。こうしておよそ千年続いた王家は一度終わりを迎えた。

第六章──二人の真珠姫

第一節

金猫姫が金狐姫に王位を譲った十数年後、金狐姫の娘の黒真珠姫マグが即位した。黒真珠姫は非常な浪費家で、民からは旧王家を支持する声が上がった。そこで金猫姫の娘の白真珠姫ペグが王宮に召喚され、元老院から政治を任された。白真珠姫は税を減らし、黒真珠姫の浪費を諌めて財政を回復させた。

黒真珠姫が身勝手な振る舞いをするたびに、白真珠姫がそれを諌める日々が続いた。黒真珠姫は白真珠姫を憎んだが、白真珠姫は黒真珠姫を愛でた。同じ黄金の髪と瞳を持つ二人は双子のように似ていたが、性格は鏡写しのように異なっていた。

第二節

黒真珠姫には婚約者がいた。北方大陸で魔王アルベルトゥスを征した、誉れ高き竜王子アスカである。竜王子は黒真珠姫を好いていたが、黒真珠姫は竜王子を好かなかった。白真珠姫が仲を取り持とうとしたが、黒真珠姫はますます二人を厭うばかりであった。

黒真珠姫は己の祖母の転生であり、魂の夫である祖父を慕っていた。祖父もまた妻の転生である黒真珠姫を愛でていた。祖父と孫娘となった二人が結ばれることはなかったが、黒真珠姫は祖父に操を立てていた。

第三節

魔王亡き後、西方大陸の帝国は急速に版図を広げた。ラミナもその矛先となり、帝国を激しく批難した金狐姫と黒真珠姫の母子は処刑された。こうして神話の時代から続くユリアの血族は歴史の表舞台を去った。

民衆を鎮めるため、帝国は白真珠姫を王位に就かせた。国号は帝国風にラミニアと改められ、ここに近代ラミナの終わりが告げられた。白真珠姫は白詰王子クロヴァと結ばれ、二人の間には四葉姫テトラが生まれた。

第七章──王家と皇家

第一節

孫娘誕生の報せを受けて金猫姫が来島した。金猫姫は、国は版図を広げるほどに脆く分裂しやすくなることを説いた。曰く、大きくあることよりも民が幸福にあることが肝要であり、そこに奴隷や貴族といった身分の差はないのだという。

金猫姫の語る世界に感銘を受けた白詰王子は、帝国に侵略を止めて奴隷制を廃するよう皇帝アレフベートに進言した。しかし皇帝がその進言を受け入れることはなく、白詰王子は思想犯として捕えられた。

第二節

白真珠姫は三日三晩、白詰王子を解放するよう訴えた。しかしその声が皇帝の耳に届くことはなかった。白詰王子の処刑が決まったとき、白真珠姫は四人の若者を招集した。剣術のアスラ、戦術のボリス、魔術のキャロル、体術のディクスである。四人は身分もない市井の生まれであったが、武闘会で優秀な成績を収め、軍に登用された戦士であった。

四人を筆頭とする精鋭部隊は皇居へ進軍し、並み居る衛兵を突破して皇帝を取り囲んだ。侵略される側の恐怖を知った皇帝は、軍縮と福祉、そして白詰王子の解放と実権の譲渡を約束した。実権の譲渡は作戦には含まれていなかったが、二度と過ちを起こさせぬようにとの参謀ボリスの計らいであった。

第三節

帝国の太陽皇女レーシュとラミニアの太陰皇子ディオンとの間に、金皇子フィオンと銀皇女フィオナが生まれた。金皇子は四葉姫と結ばれ、間に獅子皇女アリエルが生まれた。こうして信仰厚き黒猫姫の血は、皇家の中に流れることとなった。

帝国が残したのは戦火の不幸ばかりではなかった。各地の言語と通貨を統一して流通を円滑にし、上下水道を張り巡らせて市井の人々の生活を助けたのである。帝国の恩恵に預かりたい国々は、侵略せずとも自ずからその傘下に下るであろう。そして優れた技術や人材を共有し、行く末は豊かで幸福な世界を成すであろう。それが金猫姫の語る世界であった。

終章──ラミニア神話

第一節

帝国の聖書には、東方に約束の楽園メリシオンがあると記されている。メリシオンは円形の島国の地底に広がる花園であり、黄金の少女と白銀の少年が暮らす神々の箱庭である。そこは老いも病も死もない、幸福を約束された地であるという。

メリシオンは、金神子と銀神子の神話に登場する、百花の咲き乱れる千尋の谷底と同一であると解釈された。ラミニアは聖書に記された聖地であるとして、帝国の新たな都となっていた。

第二節

ラミニアには帝国から様々な文化や利器がもたらされ、国教は帝国の信ずる一神教であるアルジェナス教と定められた。ただし金神子と銀神子の神話を伝える民間伝承は、ラミナ教として信仰を許された。

今日、我々がラミニア神話を信ずることができるのは、神話を伝え守ってきた人々がいるゆえである。太古より伝わる神話と、連綿と続く歴史を伝えるべく、私は筆を取った。本書は火族と日族の史料を元に記したが、水族などにも独自の神話があると聞く。第二巻をしたためる日が来ることを祈り、ここに筆を擱く。

アレナ=レオノエル=アレフベート

第四部 ラミニア記 解説

序章──アレナの情熱と無念

光明皇女アレナは、獅子皇女アリエルの娘である。アレナからおよそ半世紀前が金猫姫の時代であり、千年から千百年ほど前が黒猫姫アリスの時代である。その間の歴史が記されていないのは、白猫姫の代に起きた大図書館の焼失が原因であろう。

また、ラミナは北方大陸と南方大陸の間に位置し、本来であれば交易の中継地点として栄えるべき島である。しかし南方大陸が外部との交易を絶っていたことから、ラミナは交易絡みの紛争に遭うことも発展を遂げることもなかった。よって特筆すべき事件にも遭わなかったという事情も、この千年の空白時代に関わっていることであろう。

アレナは序章と第一章にて『ラミナ記』を引用し、『ラミニア記』がその後続となる史書であることを強調した。『ラミニア記』は、安寧の中で起きた帝国からの侵略という大事件を扱いつつ、ラミナ島としての歴史を再認識するために記された史書とされる。

アリス以前の歴史の実在を知る手がかりは少ないが、アレナは各地に散らばる写本などの史料を集めて『ラミニア記』を書き上げた。その情熱が『ラミニア記・第二巻』の執筆に至る前に、アレナはこの世を去った。

第一章──ラミニアの命運を握った神話

『ラミニア記』第一章は、『ラミナ記』本文のまとめである。王統記などが割愛され、三界やアイの役割りなどが加筆されている点以外は、内容に大きな差異は見られない。

金神子と銀神子の神話は、終章にてラミニアの命運を左右した重要な神話として再登場する。この神話がなければ、ラミニアは帝国の新都となることはなく、そこから独立を果たした現在のラミニア皇国はなかったと言える。

なぜ遠く離れた西方大陸と似たような神話を共有していたのか。第二部でも記したように、西方大陸とはシルクロードを通じて間接的な文化交流があったものと考えられている。大陸からもたらされたか島からもたらされたものの中に、この神話が含まれていたのではなかろうか。

人は南方大陸から生まれ、ラミナ島を通って世界各地へ散らばったという説もある。もしかしたら、南方大陸で生まれた神話がラミナ島に残り、そして遠く西方大陸まで運ばれたのかもしれない。さまざまな生物の特徴を有する亜人類の共通祖先とは、どのようなものであったのか。そこに神話のルーツはあるのか。その謎は南方大陸への進出が許されれば解けるのかもしれないが、条約により守られている神秘の大陸の研究が進むのは当分先のようである。

第二章──神子の血筋

『ラミニア記』第二章は黄金郷の物語である。黄金郷は決して幸福なばかりではなく、不幸も含めて仕合せな地であったことが分かる。

今日では、クロエは黒蛇姫、ユリアは黄燐姫としても知られている。これは『ラミニア記』の他の登場人物に合わせて後世に創作された呼称であり、『ラミニア記』執筆当時にはまだ存在していなかった。

黒蛇姫としてのクロエは、ラミナの国名にわずかながら関わっている可能性がある。というのも、一説にはラミナの国名の由来は半蛇の種族ラミアであると言われているからである。俗説であるが、クロエはラミアの一人であったという。

ラミアは美しい種族であると同時に、子どもや若者を襲うとして怖れられた種族でもある。クロエが火族の里で忌み嫌われたのは、そういった蛇族に対するイメージによるものであろうか。

そんなクロエを救ったのが、赤い宝玉と共に現れたユリアであった。赤い宝玉は金神子と銀神子の死産の子の体であり、ユリアはその成長した魂ないし転生であるとする説が一般的である。つまり火神子や黒真珠姫の祖は、辿れば金神子と銀神子であったことになる。

現在、金神子と銀神子は皇家の祖として祀られている。具体的には、『ラミナ記』第四章にあるエンが金神子、アルが銀神子であるとする信仰である。日族は月族だけでなく、火族とも婚姻を繰り返す関係にあった。二人の神子の血は、今も火族や日族の中に流れているのかもしれない。

第三章──黄金時代の終わり

ユリアはクロエに手を差し伸べて幸福な人生を与えた人物として描かれているが、その血族である火神子や黒真珠姫は悪役として登場している。特に火神子は世界樹と黄金郷を焼き、黄金時代に終わりをもたらした悪名高い神子である。

古代、火族は祭事を取り仕切る司祭として特別な地位にあった。現代で言うところの皇族である。周りの部族から食糧や宝飾品などを徴収し、占術や呪術などを施していた。火神子エンは族長の妹でもあり、東の森の中心人物の一人であった。そんな火神子の暴挙の裏には、何があったのか。

収穫祭で食物を燃やす儀式を年々盛大にした火神子は、拝火に傾倒していたとする説がある。火は闇に光をもたらし、死の危険を遠ざけ生を守る。そこに輪廻思想などが加わり、火による優れたものへの再誕という思想が生まれた。火神子は食物を燃やせば燃やすほど、翌年の収穫が多くなると考えたのではなかろうか。

火は破壊をもたらす災の種でもある。火神子の行き過ぎた拝火は他部族から受け入れられることなく、火神子自身に災いをもたらした。そして赤い宝玉は兵器として火神子の手に握られ、黄金時代に幕を下ろすこととなった。

兄夫婦の子孫として白狐姫の血筋があるが、火神子の離宮は継がれることなく遺跡として残された。世界樹と黄金郷を焼いた火神子の遺産は、身内として嫌厭すべきものとされたのであろう。もし白狐姫の血筋が火神子の遺産を継いでいれば、現在もその栄華は続いていたのかもしれない。

第四章──火族の転落と災いの種

黒猫姫の時代になると、占術や呪術の類は価値を低め、より実際的な技術が重視されるようになった。火族は皇族的な地位から一転して、火神子の時代に集めた鉱夫や技師などを中心とした、地道な仕事を生業とするようになっていた。シャーマンとしての火族の価値は残っていたとしても、副業的な扱いになっていたのではなかろうか。

そのシャーマンとしての価値を完全に失ったのが、白狐姫による黒猫姫暗殺事件の折である。暗殺は未遂に終わったが、黒猫姫は床に臥し、その間に民衆による復讐劇が繰り広げられることとなる。

行き過ぎた報復を黒猫姫は良しとしなかった。黒猫姫が望んでいたのは、法による公正な裁きと償いであろう。それは復帰後に与えた、火族に対する処遇からも見て取れる。王道楽土の建設を目指す黒猫姫は、自らのために無闇に権力を振るうことはなかった。

さて、このとき東部に残り地底に住まわった一部の火族の末裔たる闇族は、後に王家へ反旗を翻すこととなる。千年に渡って地上からの物資に支えられて地底に暮らした彼らには、地上への憧れと、地底に住み続けなければならない鬱憤が溜まっていた。

彼らの反乱は金猫姫の呆気ない王権譲渡により不戦勝に終わるが、金猫姫が王位を継いでいたら只事では済まなかったであろう。彼らの住まう地底には、あの赤い宝玉が封じられていたからである。

もし誰かが封印を解き、赤い宝玉を手にしていたら、火神子以来の戦火が国を覆っていた可能性も否めない。幸い、宝玉の封印が解かれることはなく、闇族は再び光を得て地上に暮らすようになった。

終章──変わる世界と変わらない精神

大陸でシンを退けた帝国は、そのまま南下してラミナを次の標的とした。帝国からの侵略により、金狐姫と黒真珠姫による新王朝は二十年も経たずに崩れ去った。白真珠姫は傀儡の女王となり、帝国の属国としてラミニア王国が建てられた。

帝国の皇帝は美しい円形のラミナ島に楽園の面影を見た。皇帝の来島は自国の兵で固めて華々しく飾られたが、島民からは決して快く思われなかったことは想像に難くない。しかし皇帝の心は楽園に足跡を刻む喜びに満ちていたという。

世界のほとんどを帝国一色に染めた皇帝の心に水を差したのが、金猫姫の反帝国主義的な思想である。皇帝はその思想を自らに伝えた白詰王子を逮捕した。この時すでにラミナ島を離れていた金猫姫は見つからず、半ば八つ当たり的に白詰王子の処刑が決められた。

白真珠姫は夫を救うため精鋭部隊を組み、皇帝に牙を剥いた。そして副産物的にとはいえ実権を剥奪し、傀儡の立場から一転して逆に皇帝を支配した。白真珠姫は帝国の覇権を平和のために使うことを誓い、長い戦乱の時代に終止符を打った。

太陽皇女と太陰皇子の婚姻によってラミニアと帝国の両皇家は一つに統合され、帝都ラミニアの地位は確実なものとなった。さらに生まれた皇子とラミニア王女が結ばれたことで、ラミニアの二頭政治は終わりを迎える。

現在ラミニアの議会で重んじられているのは、紛争や格差を防ぎ、皆が「眠り起き、祈り食し、学び励み、生み育て」、安らかに暮らせる世を作ることである。それは黒猫姫の時代から変わらない、平和な日常への歩みである。

あとがき

ラミナ改めラミニアは、筆者の創作物語『リアルファンタジー』の舞台となる架空の島国である。『ラミナ記』と『ラミニア記』も架空の史書であり、本書も創作世界で発行されている体を装った架空の解説書である。

全体の流れを阻むため書ききれなかった話も存在するが、ラミニアの物語の多くをこの一書に込めた。拙い書ではあるが、誰かの記憶の片隅に残れば嬉く思う。