狼と獅子
- 2021年6月4日公開
- 2021年9月6日更新
目次
概要
「二匹の旅は続いていく」
2020年5月に書いた短編童話。赤い狼が旅をする話。翡翠の性格が気に入っています。
第1章 狼と獅子
金色の獅子がいた。獅子は赤い子犬を拾った。子犬は赤い狼になった。獅子と狼は砂漠へ旅立った。
狼は尋ねた。なぜここは砂漠になったの?
獅子は答えた。人々が罪を犯したからだよ。
緑の丘が見えてきた。その先に町が見える。
獅子は言った。ここでお別れだ。
狼は尋ねた。どうして一緒に行かないの?
獅子は答えた。私が行くと皆が怖がる。
狼は言った。それなら僕だって。
獅子は言った。君は大丈夫。君はほんの子犬なのだから。
子犬は歩き出した。町へ向けて。獅子は最後にこう言った。気を付けて。
子犬は精一杯に遠吠えをした。その声は町へ砂漠へ響いていた。
第2章 狼と蜘蛛
町へ向かう途中。赤い狼は黒い蜘蛛を見つけた。蜘蛛は困っていた。
狼は尋ねた。何をそんなに困っているの?
蜘蛛は答えた。飛べなくなったんだ。
昔は風に乗って空高く飛べたのに、今じゃ体が重たくなって、どこにも飛んで行けないんだ。
狼は尋ねた。飛べたらどこまで行けるんだい?
蜘蛛は答えた。あの町のずっと向こうまでさ。砂漠だって越えられる。
狼はつぶやいた。少し怖いね。
蜘蛛は答えた。そんなことはないさ。飛ぶのは気持ちのいいことだ。
昔は風に乗って空高く飛べたのに、今じゃこうして地を歩くばかり。どうしてこんなに町が遠いのか。
狼は尋ねた。僕の背中に乗って行くかい? 僕もあの町へ向かうんだ。
蜘蛛は答えた。遠慮するよ。私が行ったら皆が嫌がる。
狼と蜘蛛は別れた。町までもう少しだ。
第3章 狼と翡翠
赤い狼の前に壁が見えてきた。町を囲む巨大な壁だ。
狼は怖気づいた。子犬の声で鳴いてしまう。
近くの木にいた翡翠が尋ねる。何をそんなに怯えているの?
狼は答えた。あの壁の向こうが怖いんだ。
翡翠は笑った。あの壁の向こうには町があるのよ。なにも怖いことなんてないわ。
狼は答えた。その町が怖いんだ。
翡翠は尋ねた。一緒に行きましょうか? きれいな川の近くまで。
狼は答えた。僕は川が怖いんだ。
翡翠は笑った。なら、もう少しここにいることね。数日待てば、通りすがりの誰かが付いて行ってくれるかもね。
狼は吠えた。それまでここにいるのかい? 夜は寒いし暗いし怖いよ。
翡翠は一晩だけ傍にいると約束した。
狼は静かに寝息を立てた。
第4章 狼と木
赤い狼が目を覚ますと、翡翠の姿はなかった。
おはよう。翡翠のいた木が声をかけた。
おはよう。驚いて狼は子犬の声を返した。
翡翠は川辺で遊んでいるようだね。木は葉を揺らせて壁の向こうを見た。
僕には見えないな。狼は不貞腐れて言った。
でも聞こえるだろう。木は促した。
遠くで水遊びをする翡翠の声が聞こえる。そして町の声、町の音が。
壁の外はこんなに静かなのに。狼は不思議そうに壁を見上げた。
外からだけでは分からないものさ。木は答えた。
ねえ、あれは何の音? 狼は怯えて尋ねた。カンカンと響く高い音。
あれは人々の足音さ。町から町へと渡るときに、ああして音で知らせるのさ。
そろそろ行かなきゃ。狼は歩き出した。
気を付けて。木はいつか聞いた言葉を送った。
狼は壁の扉をくぐった。
第5章 狼と翡翠、再び
扉をくぐるとすぐに川が見えた。翡翠が水遊びをしている。
狼は少し苛立って声をかけた。おはよう。
翡翠はうららかに声を返した。おはよう。
狼は不貞腐れて言った。ひどいじゃないか。一晩一緒にいてくれると言ったのに。
翡翠は胸を張って答えた。一晩と言ったわ。朝までとは言ってないもの。
狼は子犬の声でつぶやいた。ずるいや。
翡翠は大人ぶって答えた。ずるいのよ。
川の向こうに通りが見える。人々が歩いている。
翡翠が注意する。狼の姿では皆が怖がるわ。せめて誰かに付いてもらわないと。
狼は尋ねる。誰かって?
翡翠は即答する。人よ。首輪と手綱を付けないと、檻に入れられてしまうのよ。
狼は途方に暮れた。人は怖いし、話かけたら檻に入れられてしまうよ。
翡翠は笑った。ならここで途方に暮れているのね。
せせらぎの音が響いている。狼はじっと静かに考えていた。
第6章 狼と蜘蛛、再び
赤い狼は思い出した。自分はほんの子犬なのだと。
子犬は川から離れた。ありがとう、もう行くよ。
翡翠は一声さえずり姿を消した。どういたしまして、子犬さん。
子犬は通りへ向けて歩き出した。黒い靴、茶色い靴、赤い靴が降ってくる。子犬は大急ぎで通りを抜けた。
子犬はめまいがしながら呟いた。なんてところだろう。こんなに人が大勢いるなんて。
お巡りさんが声をかけてきた。大丈夫? 迷子かい?
子犬は驚いて走り出した。やっぱり人が怖いよ。
黒い蜘蛛が目の前にいた。また会ったね。ずいぶん弱っているようだ。
子犬は尋ねた。君も町へ来たのかい?
蜘蛛は答えた。うっかり木の葉に乗せられて来たのさ。
大丈夫。人は怖いが、やさしい人もいるものさ。君もじっくり探すといい。
蜘蛛はどこかへ跳ねて消えた。子犬はお巡りさんの顔を思い出した。通りの近くへ歩き出す。
第7章 狼と人
子犬はお巡りさんを見つけた。行く所がないんです。
お巡りさんは優しく答えた。しばらく家に来るといい。
あたたかいふとん。あたたかいごはん。あたたかいおうち。
子犬はお巡りさんと散歩をした。名札付きの首輪と、走り出さないように手綱をつけて。
そして家に帰ると、子犬は深い眠りについた。
第8章 狼と獅子、再び
金色の獅子がいた。獅子のもとで赤い狼は眠っていた。
狼は目を覚ました。なんだか夢を見ていたみたい。
狼と獅子は砂漠を歩いた。
緑の丘が見えてきた。その先に町が見える。
二匹の旅は続いていく。