寺さん宮さん
- 2021年3月16日公開
- 2023年8月4日更新
概要
「古井町。その地名の由来となった古い井戸には、こんな昔話があった」
アドベンチャーゲームにしようとして力尽きたシナリオ案。『リアルファンタジー』とゆるく世界観を共有していて、主人公二人が魚娘と鷲娘の娘だったり、スターシステムでユリアとクロエが登場したりします。
災害、軟禁、死別の要素を含みます。
本編
序
昔、山の麓の井戸を境に二つの集落があり、井戸を巡って西の寺院と東の神宮がたびたび争っていた。ある時、寺院と神宮は先に雨に降られた方が井戸を譲るという約束をし、それぞれ相手の方へ雨が降るように雨乞いをした。雨乞いが叶ったのか、醜い争いに天が怒ったのか、二つの集落は同時に大雨に見舞われた。三日三晩降り続いた雨は地面を緩ませ、井戸を麓に置く北の山は、西へ東へ地滑りを起こした。こうして寺院と神宮は土砂に埋もれ、反省した二つの集落は一つの町にまとまったのだとさ。
起
夏休み前日。終業式を終えて教室に残り、怪談に華を咲かせていた二人の学生。
肝試しを兼ねて昔話にある井戸を覗きに行くが、一人が足を滑らせ井戸の中に落ちてしまう。もう一人が後を追って井戸へ降りる。二人で井戸の中から出ようとするが、縄梯子は途中で切れており、横穴を進むしか道がない。懐中電灯の明かりを頼りに横穴を進む二人。その眼前に突然、赤いドレスを纏った黄金の髪の女が現れる。女は二人を地上へ導くと、そのまま自分の暮らす洋館へと案内した。
承
女の名前はユリアといった。ユリアは二人を存分にもてなした。
地上へ出てから降り続いている雨。洋館から出てはいけないと言うユリア。いつまで経っても明けない夜。時計の針が三周した三日目の午前八時、二人は洋館を出て井戸を目指した。後を追いかけるユリア。逃げる二人。井戸はどこにあるのだろう。北の山に迷い込み、泥にまみれる二人。そして一人が足を滑らせ、川へ落ちる刹那。ユリアは叫んだ。
転
あの昔話の裏にはこんな物語があった。
西の寺院にはユリア、東の神宮にはクロエという娘がいた。ユリアは黄金の髪を持ち聖母マリアのように美しく、クロエは濡羽の髪を持ち慈母観音のように美しかった。寺院と神宮が井戸を賭けて雨乞いをしていた朝、彼女たちは川を辿り、北の山を登っていた。寺院と神宮の争いなど、彼女たちの意に介するところではなかったのだ。日が昇るにつれ、雲行きは怪しくなる。やがて小雨が降り始め、すぐに大雨となった。山小屋で一夜を明かした二人。二日目の昼下がりになっても雨脚は激しくなるばかり。二人は意を決して山を下ろうとし、クロエが足を滑らせて川へ落ちる。
──クロエ。ユリアは叫んだ。その後、彼女は変わり果てた姿で見つかった。
稲妻のように走る追想。激流と、繋ぎ止められた手と手。目の前の現実。二人の声。名前を叫ばれ我に返ったユリアは、急いで救助に手を貸した。あの日のクロエとは違い、若い二人は引き裂かれることなく互いを抱きしめ合っていた。あの日のユリアがそうしたかったように。
結
山を下った頃、雨は止んでいた。ユリアは二人を町まで送ると、洋館へ帰っていった。
二人はボロボロの姿で家へ帰った。何処へ行っていたのかという大人達からの質問責めに、二人は声を同じくして「山で迷子になっていた」と答えた。
夏休みの終わり、再び井戸を覗き込んだ二人が横道を見つけることはなかった。
古井町。その地名の由来となった古い井戸には、こんな昔話があった。これは寺本トモと宮本ユウの、幼き日の秘密の冒険譚。