第1話 金色の輪
2025年3月7日公開

赤茶けた砂漠の一角に、白い宇宙船が停泊していた。丸みを帯びた弾丸型のボディは、年季が入って砂埃に汚れている。船内はしんとして寝静まっていた。 目覚ましの音が鳴り響く。時刻は午前六時。二段ベッドの上段で、銀髪の少年が身を起こす。赤い眼をこすり、眠気を飛ばすため伸びをすると、少年はベッドから起き出した。二段ベッドのハシゴを下りながら、下段で眠っているルームメイトの青年に声をかける。 「おはよう」 青年は「うーん」と一声うなると、眠たそうに寝返りをうった。少年は洗面所へ向かい、顔を洗い、歯を磨き、髪を梳かす。洗面所から戻ると、青年はまだ布団を深く被っていた。 少年は着替えた。黒いノースリーブとショートパンツのツナギに、灰色のオーバーニーソックス、黒いスリッポンという出で立ちだ。無彩色の衣装の中で、金色のファスナーと赤い目が鮮やかに映えている。 身支度を整えると、少年は朝食を用意した。トースト、目玉焼き、サラダ、紅茶。簡素ながら温かみのある、バランスの取れた献立だ。出来上がった朝食がプレートにのせられ、食卓に並べられていく。 トーストの香りに誘われたのか、青年がのそのそと起き出してきた。寝癖のついた茶髪を掻き上げ、あくびをしながら気だるそうに少年と挨拶を交わす。 「はよー」 「おはよう。今日は早いね」 「ん」 青年は寝間着のまま食卓に着いた。少年も向かいの席に座る。二人は合掌して声をそろえた。 「いただきます」 さくり、とトーストを噛む音が響く。何口か食すうちに、トーストにのせられた目玉焼きの中央部分もかじられ、半熟の黄身がとろりと皿にこぼれた。 「んまい」 「よかった。ちゃんと半熟になってる?」 「なってる、なってる」 こぼれる黄身と奮闘しながら、青年は答えた。こぼれた黄身はサラダにつけて食し、紅茶をすする。一方、少年はサラダから食し、黄身は一滴もこぼさず器用に平らげていく。二人は食事を終えると、再び合掌して声をそろえた。 「ごちそうさまでした」 二人で食器を片付けると、青年は着替えを始めた。黒いタンクトップに、白いワイドネックのTシャツ。土埃色のカーゴパンツに、茶色のスニーカー。六本のヘアピンを使い、二本ずつ交差させて前髪を留めるのが、彼流のヘアスタイルだ。 少年はテーブルに両肘をつき、電脳ニュースを読んでいた。彼の視界には、他者からは見えない仮想ディスプレイが映し出されている。しばらくスクロールを繰り返していた視線を止めると、仮想ディスプレイに一つの記事が映し出された。 「地球で巨大タコ出現だって」 「ああ。こないだもデカい鳥が出てたよな」 「最近多いね、巨大生物」 「だな」 開いた記事には「増える巨大生物の謎」、「マナエネルギーを利用した生態」、「再生システムの医療への応用」などの見出しが並んでいる。 「火星でも何か見つからないかな」 少年のつぶやきに、青年がクローゼットを閉めながら答える。 「そのための発掘だろう?」 「そっか」 少年は仮想ディスプレイを閉じると、青年と共に部屋を後にした。 人だかり特有のざわめきが響く。広間には十数名の船員が集まり、整列しながら思い思いの会話を楽しんでいた。その中に、先程の少年と青年の姿があった。 「点呼を始める」 野太い声が響き、ざわめきはぴたりと止んだ。声の主は、五十がらみの大柄な男性だ。短い金髪をオールバックにして、白いタンクトップに紺色のジーンズという格好をしている。男性は名簿とペンを持ち、名簿に書かれた名前を順番に読み上げた。 「アノン・フィッシャー」 「はい」 少年ことアノンが返事をし、男性が名簿にチェックを書き込む。 「トキワ・カネナリ」 「はい」 青年ことカネナリが返事をし、やはり男性が名簿にチェックを書き込む。 同じように全員の点呼を終えると、男性は隣に控えていた女性に声をかけた。 「ジェリー、頼む」 ジェリーと呼ばれた小柄な女性は、資料をめくりながら数歩進み出た。こちらは黒いハイネックのノースリーブを着て、白いタイトパンツに黒いパンプスという格好をしている。白黒の装いは銀髪銀眼と白い肌によく合っていた。 「昨日、アンジーが伝えた通り……」 芯の通った声が響く。ジェリーは先ほど自分の名を呼んだ男性、アンジーを手で示した。 「今日はメラス谷基地周辺の発掘を行います」 壁掛けのディスプレイをタッチすると、火星のメラス谷に作られた街の衛星写真が表示された。無数のドームが通路で結ばれ、複雑なネットワークを作り出している。もう一度ディスプレイをタッチすると、街の外れにある一画が拡大され、古びたドームが映し出された。 「基地はここ。到着予定時刻は午前十時。現地に到着したら、各自手順を確認の上、作業に取りかかるように。以上、解散」 手短に指示を済ませると、ジェリーとアンジーは広間の出入口へ向かった。集まっていた皆もぞろぞろと退出していく。アノンとカネナリも、人の流れに乗って広間を後にした。 メラス谷。現地に着いた一行は、さっそく周辺の発掘に乗り出していた。人々は揃いの宇宙服を着て、熱心に探知機と睨めっこをしている。 ピピピ、と機械音が鳴る。宇宙服を着て作業に当たっていたアノンが、地面の砂を払って何かを拾い上げた。 「ナリ。これ何だろう?」 近くで作業をしていたカネナリ、通称ナリを呼ぶ。アノンの手には、ハンドルほどの大きさの金色の輪が握られていた。ナリは首をかしげて少し考えたあと、腰に手を当てて言った。 「分からん」 「そっか」 アノンは発掘地点に赤い旗を立てると、ジェリーとアンジーの元へ向けて歩き出した。ナリも後について行く。 「ジェリー、アンジー。何か見つけた。これ何?」 幼い子供が父母に拾い物を見せるように、アノンは発掘した金色の輪を二人に見せた。二人は腕を組んで首をかしげた。 「何かしら?」 「遺物にしては新しいな。とりあえず、預かっておこう」 アンジーは金色の輪を受け取ると、手を叩きながら皆に呼びかけた。 「そろそろ昼飯にしよう。今日はカレーだぞ!」 声は火星の薄い空気を介することなく、電気信号となって皆の耳元に届けられた。皆は作業をしていた手を止め、口々に叫ぶ。 「なんてこった。今日もカレーかよ!」 「三日連続、カレー、カレー、カレー!」 「俺たちゃインド人じゃないぞ!」 「うまいから食うけどな!」 皆が一斉にどっと笑う。気心の知れた発掘仲間だ。軽口など日常茶飯事らしい。 皆は宇宙船へ撤収すると、食堂に集まり、スパイスの効いたカレーを食べ始めた。アノン、ナリ、ジェリー、アンジーの四人は同じテーブルに着き、先ほど拾った金色の輪を囲んで話しながら食事をしていた。 「じゃーん。天使の輪っか」 「遺物で遊ばないの」 「はーい」 ナリがアノンの頭上に輪をかざし、ジェリーにたしなめられる。 「孫悟空も額に輪っか付けてたな。何ていう輪だっけ」 「ソンゴクウって何?」 ナリのつぶやきに、アノンが尋ねる。 「西遊記っていう中国の昔話に登場する、猿の……妖怪だっけ、仙人だっけ。俺もよく分かんねえや」 「ナリは日本趣味だもんね」 「千年前のな。西遊記のドラマとかマンガとかあったのになあ。勉強不足だ」 食事を終えると、四人は解散した。午後も発掘の続きを進め、夕食と入浴を済ませて一日が終わる。あっという間に就寝の時間となり、アノンは二段ベットの上段に潜り込んだ。 皆が寝静まった夜。消灯された倉庫の中で、金色の輪がかたりと音を立てた。 目覚ましの音が鳴り響く。時刻は午前六時。二段ベッドの上段で、アノンはがばりと身を起こした。赤い目を見開き、そのまま静止する。 アノンの視界には仮想ディスプレイが自動的に開き、膨大な文字と画像、動画と音声が流れ始めていた。反射的に目を閉じ、耳を塞ぐ。 「うわあ! なに、なに? あああ!?」 頭を振れど、叫べど、仮想ディスプレイは消えない。まぶたの裏側に映し出される情報量に圧倒され、頭に直接響く大音量の音声や音楽に翻弄される。 「うわああ!?」 「アノン?」 異変に気付いて起きたナリが、二段ベッドの下段から首を出す。ナリの角度からでは見えないが、上段ではアノンが悶絶している。頭を抱えたアノンが腕に力を込めたとき、ぽんっとそれはすっぽ抜けた。飛沫がナリの顔に降りかかる。 「うわっ、何だ!?」 顔を拭うと、赤い液体がべっとりと手に付いていた。鉄臭さが鼻をつく。ナリはベッドの下段から飛び出して上段に向かおうとした。 「おい、アノン、大丈夫か……ひっ!?」 ナリは絶句した。アノンの首は、あるべき場所に繋がっていなかった。赤く染まったベッドの上で、アノンの首なしの体が、自らの生首を抱えて座り尽くしている。赤い断面が生々しく晒され、どくどくと鼓動に合わせて血を流している。 「ナリ。どうしよう、取れちゃった」 生首が不安そうに口を動かす。その頭上には、金色の輪が白い羽を伴い、ぷかぷかと浮かんでいた。