カエルノココロ

第2話 連鎖

2025年3月7日公開
「……なんてことがあって遅れたんすよ。頭くっつけたり、シャワー浴びたり、血飛沫の掃除したりして。仮想ディスプレイは直ったし、頭は押し付けたらくっついたんすけど」
「あなた、冗談が上手くなったわね」
 ナリの説明に、ジェリーが皮肉を返す。時刻は午前八時。皆はとうに発掘へ出かけていた。ジェリーの隣で、アンジーが難しい顔をして腕を組んでいる。
 アノンは大きな目をくりくりとさせながら会話を聞いていた。その頭上には、昨日発掘した金色の輪が浮かんでいる。両端には白い羽。入浴のついでに磨いたらしく、付着したままだった砂埃も洗い流され、一層きらきらと金色に輝いていた。
「アノン、遺物の私物化は規約で禁止されているのよ。さあ、返してちょうだい」
「取ろうとしても、勝手に頭の上に戻ってくるんだよ」
 ジェリーが幼い子供を諭すように返却を促すが、アノンは困った顔をして答えた。金色の輪をつかんで放り投げてみせると、金色の輪は地上すれすれで浮かんだまま静止し、すみやかに頭上へと戻っていった。ジェリーは溜息をついて「オーケー」と言った。
「あなたを持ち主として認識しているようね。なら、あなたを認識しないところまで引き離せば、どうなるかしら」
 ジェリーは金色の輪をつかむと、そのまま広間の出入口まで離れた。手を離すと、金色の輪はジェリーの頭上に浮かんだ。
「私が持ち主として認識されたようね。じゃあ、私は上に発掘の報告をするから……あら、何かしら?」
 ジェリーの表情が固まり、疑問から困惑へ、困惑から混乱へと変じていく。その視界には先ほどまでのアノンと同じく、仮想ディスプレイが勝手に開き、途方も無い情報量の文字や画像、動画や音声が流れていた。
「ちょっと、何なの、これ!? ウィンドウが閉じない! ああ、もう、うるさい!!」
 ジェリーが頭を抱えて振ろうとした瞬間、それはぽんっと根本からすっぽ抜けた。
「うわあ!?」
「ジェリー!?」
 上がる血飛沫。慌てふためくナリとアンジー。アノンはあんぐりと口を開けている。そして長い沈黙。真っ先に我に返ったアンジーが、立ち尽くすジェリーの体を揺さぶった。
「ジェリー! 死ぬな、ジェリー!」
 震える声で叫び、この世の終わりのような顔をしながら、取れた首を元あった場所にくっつけようとする。ぐりぐりと首の角度を変えるたびに、ぐちゃぐちゃと嫌な音が響いた。
「アンジー、やめて。やめてちょうだい!」
 ジェリーの生首が口を動かし、静止を求める声が響いた。アンジーの顔がぱっと喜びと希望に満ちる。
「ジェリー、生きてるのか? よかった!」
 ジェリーは視線をナリの方へ向けると、淡々と確認をした。
「ナリ。アノンのときは、首を押し付けたらくっついたのよね?」
「え? ああ、うん。数秒くらい、ぴったりまっすぐにして」
「アンジー。私の首を、ぴったりまっすぐ押し付けて、数秒待ってちょうだい」
 ジェリーは淡々と指示をする。アンジーが震える手でジェリーの首を押し付けると、赤い傷口はあっという間に白い皮膚に覆われ、引き千切られていたことなど分からぬほどきれいに修復された。首はもう取れていない。ジェリーは渋い顔で呟いた。
「分かりたくないけれど、分かったわ。ナリ、あなたの言ったことは本当なのね」
「だから言っただろ」
「ジェリー、だいじょうぶ?」
 アノンが近づくと、金色の輪は彼の頭上へ戻っていった。
「私よりアノンを優先すべき持ち主として認識しているのね」
 ジェリーは大きな溜息をついて、アノンに指示を出した。
「それ、下手に動かさないでちょうだい。停止させる方法が分かるまで、他の人には渡さないように。特に、そうやって頭の上に浮かばないように、注意してちょうだい」
「わかった」
 アノンがこくりとうなづく。金色の輪は何事もなかったかのように、その頭上にぷかぷかと浮かんでいた。

 ジェリーはシャワーを浴びに行き、残された三人はジェリーの赤い血飛沫を掃除した。後始末が終わると、四人は始業時間から大きく遅れながらも、皆の発掘に加わった。
 作業をするアノンの頭上には、相変わらずぷかぷかと金色の輪が浮かんでいる。それを見たナリが突然こんなことを言い始めた。
「ウワポンにしよう、その輪っかの名前」
「ウェポン?」
 アノンは首をかしげた。頭上に金色の輪だけでなく、見えないハテナが浮かぶ。
「ウェポンじゃなくて、ウワポン。うわーとなって、ぽんっとなったから、略してウワポン。はい、決定」
「ウワポンかぁ。うん、了解」
 ナリの勝手な決定に、アノンは適当に了解した。
「アノン、そっち持ってくれ」
 ナリが大きな機材を持ち上げようとする。
「わかった。せーの……うわあ!?」
 アノンが手伝おうとして、驚きの声を上げた。本来ならば腰まで持ち上げられたら良い重たい機材が、華奢なアノンの腕力によって頭上まで持ち上げられたのだ。
 こうしてアノンは、首が取れても死なない不死と再生能力だけではなく、その首を引きちぎったり重たい機材を軽々と持ち上げる怪力まで手に入れていることが判明した。

 頭上に輪を浮かべたアノンの姿は、船員たちの興味を誘った。
「それ、ちょっと貸してよ」
「んーん、ダメ」
 好奇心の強い船員がウワポンに手を伸ばす。アノンは取られないよう抵抗するが、二人のやりとりを見ていた他の船員が加担した。
「貸すくらい良いだろう」
「ダメだよ。ジェリーが人に渡すなって言ってたもん」
「まあそう言わずに、ちょっとだけ」
「ダメ、あ!」
 背後に回った船員に、がばりと羽交い締めにされる。
「いまだ!」
「取れた!」
 あっというまに取られたウワポンが、船員の頭上へ移動する。
「待って、危ない!」
「へへーん、もう遅いもんねー! あれ?」
 頭上にウワポンを浮かべた船員の顔が、次第に曇っていく。
「なんで仮想ディスプレイが? うわっ、うるさい!」
 頭を抱えてしゃがみこもうとした刹那、あっけなくその首は取れた。それを見ていた船員が叫ぶ。
「首が、首が!」
 アノンはとっさに首を元あった場所にしっかりと押し付けた。傷口が徐々に消えていく。
「私……首が……」
「大丈夫、治ったから。心配しないで」
 動転している船員をなだめている背後で、再び声が上がった。
「うわあ、あああ!?」
 見れば、先程アノンを羽交い締めにしていた船員の頭上にウワポンが浮かび、今まさに頭が抱えられようとしているところだった。
「ダメ、頭持っちゃダメ!」
 アノンの静止も虚しく、通算四人目の犠牲者が出る。
「きゃああ! 首、首!」
「俺、どうなったんだ? なんで視界が逆さまに?」
「いいからじっとして!」
 アノンは首を取り上げると、再び元あった場所に押し付けて治した。
「輪っか、もう取らないでね」
 アノンは自らの頭上にウワポンを戻すと、二人分の返り血を拭って言った。一連の流れを端から見ていた他の船員たちは、しんと静まり返っていた。

 最終的に、血みどろの連鎖を止めることはできなかった。首が取れて戻るという怪奇現象を見たがる船員たちの手によって、船内は鮮血にまみれることとなった。
「片付けなさい!!」
 惨状を見たジェリーの声が、船内に大きく響き渡る。その日以来、船内ではウワポンを使った遊びが禁止されながらも密かに流行し、ジェリーの頭痛の種がひとつ増えることとなった。