第3話 兄妹
2025年3月7日公開

頭上に輪を浮かべたアノンの姿は、相変わらず船員たちの興味を誘っていた。ウワポンの力を雑用に使わされたり、どこで買ってきたのか天使の格好をさせられたり、首取り芸が流行ったりもしたが、基本的には問題なく日々が過ぎていった。報告書を書かされるジェリーにとっては問題しかなかったが、その頭痛と胃痛は船員たちの知るところではない。 彼らが現れたのは、そんな折りだった。船倉に大きな荷物を搬入させて、彼らは船に乗り込んできた。 「本日付けでフィッシャー号勤務となりました、船医のヒロシ・マホラです。本艦から異動となりました。よろしくお願いします」 「同じく、整備士のタクミ・マホラです。よろしくお願いします」 ヒロシとタクミは、いかにも日本人らしい黒い髪に黒い瞳をもつ兄妹だった。兄のヒロシは微笑みを絶やさず、妹のタクミは多少緊張しながらも快活そうな笑顔を見せている。二人ともそれぞれの職業を示すように白衣や作業服を着ていた。 朝会が終わると、二人の周りにはあっという間に人だかりができた。真っ先にナリが尋ねる。 「どこ出身?」 「日本です、地球の」 「やっぱり、同郷じゃん! 今度遊ぼうぜ」 「いいですよ」 ナリとヒロシが連絡先を交換し、他の船員達も質問を始める。 「タクミちゃんは何歳? いつから整備士やってるの?」 「十五歳から始めて、いま十八歳です」 「若いねー! じゃあ、ハイスクールには通ってないんだ?」 「でも本艦勤めだったんでしょう? エリートだわ!」 わいわいと雑談が続く。始業時間が近づいても一向に質問の嵐は終わらない。見かねたジェリーが皆を解散させようとする。 「はいはい、質問はそこまで。仕事に向かってちょうだい」 皆はしぶしぶ歩きだしたが、まだ質問を続けていた。ナリにいたってはヒロシに肩を組んで、すっかり日本トークに熱くなっていた。同じ日本生まれ同士、話したいことが山程あったのだ。 しかしヒロシの視線は、前方を歩くアノンの頭上に浮かんでいるウワポンに釘付けになっていた。それに気付いたナリが耳打ちをする。 「ああ、あれか? あれはな……」 ヒロシは耳打ちされた突拍子もない話を否定することなく、静かに聞いていた。その目が細く開かれ好奇心にくるめいたのを、妹のタクミは見逃さなかった。 「これから健康診断を行います。呼ばれた人から順に、医務室へ行くように。まずはアノン、行ってちょうだい」 ジェリーに呼ばれ、アノンは発掘作業を中止した。船内に入って宇宙服を脱ぎ、医務室の扉をノックして入室する。 「失礼します」 「アノンくんですね。どうぞ」 白衣の胸元に聴診器を光らせたヒロシが、アノンに椅子を勧めた。 「さて。いただいた報告によると、アノンくんが首取れ事件の最初の被害者だったそうですが。その後の調子はどうですか?」 「うーん。とくに問題ありません」 「その輪が原因だそうですが……少し見ても?」 「触らなければ。どうぞ」 ヒロシは立ち上がり、座っているアノンの頭上に浮かぶウワポンを観察した。 「ふむ。少し黒ずんでいるところ以外、気になる点はありませんね」 「この黒ずみ、錆びでしょうか? 始めはなかったのに、毎日洗ってたらできちゃったんです。あんまり洗わないほうが良いんですかね?」 「そうですね。乾拭きする程度が良いのかもしれませんね」 「そうします」 「では、胸の音を聞きますね。少し服を上げてください」 「はい」 冷たい聴診器が、アノンの胸元に触れる。そこから先は、いたって普通の健康診断だった。 「どうだった?」 ナリがさっそく、帰ってきたアノンに尋ねる。 「問題なかったよ、ウワポンが黒ずんでるところ以外。洗わずに乾拭きしたら良いって」 アノンは発掘作業に戻りながら答えた。 「あいつ、すっげーウワポン凝視してたけど、なんかされなかったか?」 「とくに何も」 「興味持って、頭に乗せるかと思ったんだが」 「先生はそんなことしないと思うよ」 「そうか? わからんぞー?」 しばらくしてジェリーの声でナリの名前が呼ばれ、ナリは医務室へ向かい、一時間ほどで戻ってきた。 ナリはふてくされた顔でぼやいた。 「普通の健康診断だった」 「でしょう?」 「つまらん! あいつ同い年くらいだろう? もうちょっとユーモアがあったっていいじゃんかよー」 「ナリは子供だなあ」 「お前に言われたくねえよ」 ナリの言葉に、アノンが口を尖らせて返す。 「いつも言うけど、僕、ナリより年上だよ」 「知ってるよ! かーっ、やってらんねえ。お前まで大人ぶるんだ、ちぇっ」 ナリは大の字になって、硬い石ころだらけの地面に寝転んだ。その顔を覗き込みながらアノンが言う。 「宇宙服、穴空いたら死んじゃうよ?」 「そしたらウワポン貸してもらって、不死身になって生還するもんねー」 「ダメだよ。ジェリーが人に渡すなって言ってたもん」 アノンはウワポンを両手で抑えた。 「マジメだなぁ、お前は」 「ナリがフマジメなんだよ」 「それは否定しない」 ナリはニヤリと笑い、がばりと身を起こした。 「さてと。続きすっか」 「うん」 二人は発掘を再開した。その後、その区域でウワポンに似た遺物が見つかることはなかった。 コンコンと、医務室の扉がノックされる。 「どうぞ」 「失礼します」 入室したのは、妹のタクミだった。ヒロシは淡々と健康診断を始める。 「調子はどうですか?」 「元気です」 「胸の音聞きますね」 タクミが腹のあたりまで服をあげ、隙間からヒロシが手を滑り込ませる。そして困った顔で眉をひそめた。 「お前、そろそろ下着を付けなさい」 「やだ。締め付けられる感じがキライなんだもん。膨らんでないんだから、別に良いでしょう?」 「良くはないでしょう」 「そんなことより」 ヒロシの困り顔をよそに、タクミが切り出した。 「あの輪っか、どうだった?」 ヒロシは聴診器を外しながら答えた。 「ほぼ間違いなくアレでしょうね」 「船倉に搬入した子、使っちゃう?」 「使っちゃいますか」 誰に知られることもなく、二人の会話は進められた。