プロローグ
2025年3月7日公開

30世紀。月と地球が見える宇宙船の甲板に、彼は立っていた。 年のころは十代半ばだろうか。灰色のマントを羽織り、黒色の服を着ている。銀色の短髪が、暗色の星空によく映えた。宇宙船に強い重力があるかのように、甲板にしっかりと両足を付けて立っている。 彼は宇宙服を着ていなかった。しかしその胸は規則正しく、上下に呼吸運動を繰り返している。あたかも新鮮な空気を取り込んでいるかのようだが、そこは空気のない宇宙空間である。彼は呼吸の真似事をしているにすぎなかった。 ふと、鈴の音のような声が響く。 「行こう」 空気を介さずに、その声は彼の脳へと直接届いた。 「どこまで?」 彼も同じように声なき声で返すと、鈴の音のような声は答えた。 「行けるところまで」 彼は小さくうなづくと、甲板から高く跳び上がり、広い宇宙へと旅立った。